東京高等裁判所 昭和35年(う)1694号 判決
被告人 藤井秀次
〔抄 録〕
所論は、まず、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があると言い、被告人が寺島丈夫に対し原判示のような暴行を加えた事実はない、被告人は単に栗原方の小野沢候補の個人演説会の模様を見るため栗原宅の方へ行つたところ、たまたま寺島に出会つたので、「約束したのにどういうわけで小野沢の応援をするようになつたか」と尋ねると、同人は「事情があるから」と答え任意自発的に被告人方まで連れ立つてきたもので、その間なごやかなふんいきにあつたのである、と主張する。
しかし、本件において、被告人は捜査から公判にいたるまで終始暴行の事実を被害者である証人寺島丈夫の原審公判廷における供述によれば、原判示事実を十分に認めることができるのである。所論は、同証言が他の関係者の供述と全然相違しこれを信用しがたいと言い、それら他の関係者の原審公判廷における証言からは、直接原判示事実をそのまま肯定するに足る供述は見られないけれども、右はいずれもその証言の全趣旨からみて記載にあるままを率直に述べたものとは思われず、しかもそれらによつても少くとも、寺島が任意自発的に被告人方まで連れ立つて行つたものではなくむしろ連れて行かれたという感じで、被告人が大きな声で寺島を詰問するような態度を示し、周囲からも何か危険なことが起るのではないかというけはいも察せられ、とうてい所論のようななごやかなふんいきにあつたものでないことが明らかに看取されるばかりでなく、以上の各点に徴しても、所論と異り、その公判廷における供述よりもいわゆる特信性が認められる湯本助太郎および滝沢正治の各検察官に対する供述調書の記載は、いずれも前記寺島の証言に符合するものである。事実誤認の主張は理由がない。
次に所論は、原判決は法令の解釈適用を誤つたか又は理由不備の違法があると言い、公職選挙法二二五条第一号にいわゆる「選挙に関し」云々とあるのは、その当時具体的に選挙運動に従事し又はその運動に従事しようとする者の、選挙運動をなし又はなそうとするのを妨害する認識があつて暴行を加えることが必要で、そうでないかぎり、たとえ選挙運動期間中原判示のような暴行を加えたとしても、単純な暴行罪を構成するに過ぎない、被告人は当時寺島が栗原方での小野沢の個人演説会の応援弁士として待機していたことは全然知らなかつたのであるから、原審が原判示行為に対し前記法条を適用処断したことは違法を免れない、と主張する。
しかし、公職選挙法二二五条第一号の解釈に関する所論はその独自の見解に過ぎず、当該暴行当時相手方がある候補者のため応援弁士として現に演説し又は演説しようとして待機している等所論のような意味においての具体的選挙運動に従事し又は従事しようとしていたと否とにかかわらず、およそひろく一般に選挙運動に従事していたと認められる者に対し選挙に関係ある事項に起因して暴行を加えるときは、当然前記法条一号にいわゆる選挙に関し選挙運動者に対し暴行を加えた場合に該当するものと解するのが相当であつて、原判決はまさにこの趣旨の事実を判示したものと認められ、少くともそのかぎりにおいて、被告人が当該事実を認識していたことは記録上明らかであるから、原判決には何ら違法のかどはない。
(兼平 足立 関谷)